高須院長とスラップ訴訟?

まとめると

高須クリニックの高須克弥院長が大西健介議員を名誉毀損で訴えてから、「24時間以内に謝罪がなければ訴訟をする。」とか「スポンサーから降りる。」いうようなつぶやきを何度かツィッターにされているようです。

経緯

① 大西議員が国会で高須クリニックのCMが陳腐であると発言したことに対して訴訟提起。

② ①を報道した情報番組(ミヤネ屋)で浅野史郎元知事の真実をいったんですとの発言に対して「明日中にお詫びがなければ提訴、スポンサーも降りる。」とツィート。謝罪があったとして「全部許しす」とツィート。

③ 高須院長がナチスを擁護する発言をしたとして木野寿紀氏が英文でツィートしたり日本語で揶揄するツィートをしたことに対し、高須院長は当初訴えるかどうか検討するツィートをしていたが、「なんだ 頭の弱い大学生か」「ホントに小物だな。」「僕は弱いものいじめはしない。」「勝手に騒いでよし」とツィート。

④ ③やこれと同様のツィートをうけて、有田芳生議院が高須院長の発言は歴史的・国際的に完全にアウトだとツィート。高須院長がツィートはしばき隊が組織的に行っており有田議員がその指導者だと聞いたと質問し、「24時間以内に回答がなければ事実を認めたものとして提訴する」とツィート。有田議員が「訴えて下さい。」「しばき隊と関係ない」とツィートするが、高須院長が証拠を見せろとツィート。

⑤ 西原理恵子氏から「うざいから、かっちゃん呟きやめろ!」と怒られ、「政治的な発言やらなければよし」と許可をもらったとツィート

提訴をちらつかせて、発言を封じようとしてません? -スラップ訴訟-

 

実際に違法な行為で損害にあっている場合訴訟をすることは憲法上の権利ですし、弁護士が内容証明郵便でこのような内容の手紙を送る場合があります(私自身は、最近はあまり「法的措置を講じる所存です。」というようなことは書かないように気をつけていますが、まだまだ一般的です。)。

 

②④については、反論・交渉の余地を認めず、ツィッターで24時間という短い期限を設けて「謝罪がなければ顧問弁護士に訴えさせる。」と発言していることに、一般的な場合よりも、訴訟を権利救済のためではなく脅しの道具にしている印象を受けます。

 

その極端な例が、スラップ訴訟といわれるものです。

④に関するツィートなどを見ると、この単語がよく出てきます。

スラップ訴訟というのは、公の場で発言したり、訴訟を起こしたり、あるいは政府・自治体の対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者に対して、企業や政府など比較優者が恫喝、発言封じ、場合によってはいじめることだけを目的に起こす加罰的あるいは報復的な訴訟を指しています。

私は、上記の定義よりも広く、勝つか負けるかは問題ではなく、提訴をすることで相手方に経済的・精神的・社会的にダメージを与えることを目的としている訴訟、というイメージをもっています。

 

裁判で決着をつけるものなの?

①については、自分のクリニックのCMが中傷されたとして訴えたものですから、訴えを起こすこと自体は問題なさそうです。「私情」は入っているでしょうが、相手は国政政党の党首や議院ですので、これをスラップというべきではないでしょう。

ただ、国会で広告の適否を審議をするときに、具体的な広告を挙げて、その適否について忌憚なく意見を述べることは必要ですし、憲法上も議員の発言・評決に対する免責特権を認めていますので、請求は認められるべきではないでしょう。

 

②は、大口のスポンサーが民放に対して「謝罪がなければ提訴する。」というのですから、スラップ訴訟を起こすぞと恫喝をかけたという印象を受けます。脅しとしては提訴よりもスポンサー降板の方が大きかったので、民放に対するスポンサーの圧力という側面が大きくなりました。

 

③④は、まず、高須院長が、ナチスにも功績がある、アメリカの空襲もナチスと同じくらいの残虐だという内容の講演をされました。それ自体誤りはないのでしょうが、事実の取り上げ方や発言の場所などを考えあわせると、これはナチスが免責を図る目的でなされたように思われます。この点で、日銀の原田泰審議官の発言とは異質のもので、政治的に批判をうけるのは仕方ないと思います。

これに対する批判は、英語で紹介してアメリカの学会に訴えかけようとするものと、日本語のツィッターで批判するものがあります。日本語での批判は誹謗中傷の域に達しているようにも思えます。

ここで、当初③のとおり、発言をした木野氏への提訴を検討しており、この段階ではスラップ訴訟で恫喝することを検討していたという印象を受けます。

しかし高須院長は、木野氏が「小物」であるとの理由で提訴を取りやめ、有田氏という大物を狙いはじめます。これはスラップ的な感じは薄れています。

法的には裁判で取り扱うのとができる紛争ではあるのですが、根本には、高須院長の思想と有田氏の思想のどちらが国民の支持を得るかという政治的な問題なので、裁判をするのではなく、ネットでもツィッターでも立ち会い演説でもいいので、直に国民の支持をあつめるべきでは?

 

 

2017年08月26日|ブログのカテゴリー:民事訴訟法