転居先の調査 ②

まとめると

 日本郵便(株)が転送届についての23条照会に回答拒否。

 

 依頼者と弁護士会が日本郵便に慰謝料を請求したが第1審は棄却。

 

 控訴審は、依頼者の慰謝料請求を棄却したが、弁護士会の慰謝料請求を認容(回答義務確認の予備的請求は判断せず。)。

 

 

民法

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

 

名古屋地裁 H25年10月15日判決

① 日本郵政が照会事項の全部について報告を拒絶したことには正当な理由を欠く

② しかし、日本郵政が報告を拒絶すると判断したことに過失があるとまではいえないとして、慰謝料請求を棄却

 

控訴

 弁護士会と依頼者が控訴し、慰謝料支払請求に加えて報告義務の確認請求を行った。

名古屋高裁 平成27年2月26日判決

報告拒絶に正当な理由があるか

23条照会に対する報告義務について

弁護士法23条の2

(報告の請求)
1 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。
2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

判示 

 23条照会は、依頼者の私益を図る制度ではなく、事件を適正に解決することにより国民の権利を実現するという公益を図る制度として理解されるべきである。

 したがって、照会先である公務所又は公私の団体は、23条照会により報告を求められた事項について、照会をした弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負うものと解するのが相当である。

 

  もっとも、23条照会の対象とされた情報について、照会先において、当該情報を使用するに当たり、個人の秘密を侵害することがないよう特に慎重な取扱いをすることが要求される場合もあり得るところである。

 したがって、23条照会については、照会先に対し全ての照会事項について必ず報告する義務を負わせるものではなく、照会先において、報告をしないことについて正当な理由があるときは、その全部又は一部について報告を拒絶することが許されると解される。

 

転居届に係る情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」及び郵便法8条1項の「信書の秘密」に当たるか

憲法21条2項後段

【通信の秘密】
通信の秘密は、これを侵してはならない。

郵便法8条1項

【秘密の確保】
1 会社の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない


判示

  転居届に係る情報は、憲法21条2項後段の「通信の秘密」にも郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しないと解するのが相当である。

 

転居届に係る情報は、郵便法8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たるか

郵便法8条2項

【秘密の確保】

2 郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。

判示

転居届に係る情報が「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たり、日本郵政が同項に基づく守秘義務を負うことについて争いはない。

郵便物に関して知り得た秘密の守秘義務は、報告を拒否する正当な理由となるか

照会先が法律上の守秘義務を負っているとの一事をもって、23条照会に対する報告を拒む正当な理由があると判断するのは相当でない。

 

報告を拒む正当な理由があるか否かについては、照会事項ごとに、これを報告することによって生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する利益との比較衡量により決せられるべきである。

 

(ア) 特別法である郵便法上の守秘義務は、一般法である23条照会に対する報告義務に優越するか

 (優越するというのは)日本郵政の独自の見解であって採用することができない。

 

(イ) 報告義務について、明文の規定がなく、拒否事由や除外事由も規定されていないこと、

 そのような事情があるからといって、直ちに守秘義務が報告義務に優越するとの結論が導かれるものではない。

 23条照会の制度趣旨にかんがみれば、報告義務が守秘義務に優越する場合もあることは、優に認められる。

(ウ) 照会先において意見や異議を述べる機会がないこと、

 そのような事情があるからといって、直ちに守秘義務が報告義務に優越するとの結論が導かれるものではない。

 23条照会の制度趣旨にかんがみれば、報告義務が守秘義務に優越する場合もあることは、優に認められる。



(エ) 弁護士会の審査が厳密でない場合もあること

 漫然と23条照会に応じ、その全てを報告した場合、守秘義務に違反したと評価されることもあり得るところである。

 しかし、守秘義務を負う照会先は、23条照会に対し報告をする必要があるか自ら判断すべき職責がある。

 弁護士会の審査に不備があり得るとしても、日本郵政において、この職責を放棄し、常に守秘義務を優越させて報告を拒むことを肯定する理由にはならない

 

(オ) 転居届については、被控訴人の従業員に証言拒絶権があり、文書提出義務除外文書であること

 仮に、被控訴人が主張するように、その業務に従事する者について、証言拒絶権に係る民事訴訟法197条1項2号が類推適用されるとしても、…、転居届に係る情報であるとの一事をもって、直ちに同号に基づく証言拒絶権があるとか、同号を前提とする同法220条4号ハ前段に基づいて文書提出義務を負わないということにはならない。

 

(カ) 守秘義務違反について罰則を科される危険があること

 転居届に係る情報は、侵害について罰則の定めがある郵便法8条1項の「信書の秘密」に該当しない。

 事業者である被控訴人は、通信の秘密の保護の対象であるか、個々の通信とは無関係の情報であるかについて、自ら識別して情報を取り扱うべき立場にあり、かつそれが可能な立場にあるといえる。

比較考量

(ア) 報告することによって生ずる不利益

開示が予定されていない情報が開示されること

 憲法21条2項後段の「通信の秘密」や郵便法8条1項の「信書の秘密」に基づく守秘義務の対象となるものではない。

 

 人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。

 

 各弁護士会は、会員である個々の弁護士に対し、23条照会により得られた報告について、慎重に取り扱うよう求め、当該照会申出の目的以外に使用することを禁じ、依頼者により情報の漏洩や目的外の使用がされることがないよう配慮することを求めるなどしているのであるから、本件照会事項に係る情報が不必要に拡散されるおそれは低いと判断される。

 

住所情報とは異なり、開示の対象や種類が限定されていない。

 特定の郵便物の送付先を離れた情報としての住居所(郵便法35条によれば、転居届は、郵便物の送付先(転送先)を任意に指定するものではなく、転居先の住居所を届け出るものである。)や電話番号である以上、社会生活において開示されることが予定されているといえるのである。

 

DVやストーカーの被害者の保護について考慮

「一般に」考慮する必要があるとしても、「本件においては」比較衡量をするに当たって考慮すべき要素とならない。

 

(イ) 報告を拒絶することによって犠牲となる利益

 

  本件照会に対する報告が拒絶されれば、控訴人Xは、司法手続によって救済が認められた権利を実現する機会を奪われることになり、これにより損なわれる利益は大きい。

 

 転居届の有無及び届出年月日並びに転居届記載の新住居所は、強制執行(動産執行)をするに当たり、これを知る必要性が高いといえる。


 新住居所の電話番号は、これを知れば、さらに通信事業会社に照会するなどして、住居所についての情報を取得することができる可能性があるとしても、住居所を知る手段としては間接的なものである。したがって、日本郵政のの守秘義務に優先させるのは相当でなく、(新住居所を照会している以上)電話番号について報告を求める必要があったということはできない。

結論

 転居届の有無及び届出年月日並びに転居届記載の新住居所は、23条照会に対する報告義務が郵便法8条2項の守秘義務に優越し、

 

 電話番号については、同項の守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると解するのが相当である。

 

 したがって、本件照会事項の全部について報告を拒絶した被控訴人の対応については、正当な理由を欠くものであり、違法であったといわざるを得ない。

 

日本郵政に過失があるか

  23条照会について、照会先は、照会事項ごとに、これを報告することによって生ずる不利益と、報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する利益とを比較衡量した上で、対応を判断すべきであるといえる。

 ところが、日本郵政は、東京高裁判決を受けて社内で検討をした結果、転居届に係る23条照会について一律に報告しないとの方針を決定し、同方針に基づいて、本件照会事項についても報告をしなかったものである。

 

 そうすると、被控訴人については、上記のような比較衡量をしなかった以上、通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と本件拒絶をしたと評価し得るところである。

 

依頼者・弁護士会の、権利・利益が侵害されたか、損害が発生したか

依頼者について

 23条照会については、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命の公共性がその基礎にあると解されるのであり、これを依頼者の私益を図るために設けられた制度とみるのは相当でない

 そして、23条照会の申出があった場合、弁護士会は、その権限に基づいて、適切と判断した場合にのみ照会をするところ、依頼者は、弁護士会に対し、23条照会をすることを求める実体法上の権利を持つものではないと解される。

 そうすると、23条照会に対する報告がされることによって依頼者が受ける利益については、その制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益にすぎないというべきである。

 

 

弁護士会について

権利、利益の侵害について

  法律上23条照会の権限を与えられた弁護士会が、その制度の適切な運用に向けて現実に力を注ぎ、国民の権利の実現という公益を図ってきたことからすれば、弁護士会が自ら照会をするのが適切であると判断した事項について、照会が実効性を持つ利益(報告義務が履行される利益)については法的保護に値する利益であるというべきである。


損害について

財産的損害

  通知書を送付するための費用について、控訴人弁護士会において支出を余儀なくされたものと評価することはできず、本件拒絶と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

 

 無形損害

  控訴人弁護士会は、本件拒絶により、本件照会が実効性を持つ(報告義務が履行される)という法的保護に値する利益を侵害され、国民の権利を実現するという目的を十分に果たせなかったのであるから、これによる無形損害を被ったと認められる。

 

  次に、損害の程度について検討すると、控訴人弁護士会の無形損害は、本判決において、本件拒絶について、正当な理由がなく、被控訴人の不法行為を構成すると判断されることにより、相当程度回復されるものと考えられる。

 

 そして、この点を含め本件における一切の事情を考慮すれば、控訴人弁護士会の損害については、1万円と認めるのが相当である。

 

当審における弁護士費用

  本件拒絶に対処することは、控訴人弁護士会にとって通常の業務の一環というべきである

また、その業務に当たることとなっている控訴人弁護士会の調査室の室員は、弁護士経験5年以上を有する10名以内の弁護士であるところ、当審において、控訴人弁護士会の訴訟代理人として法廷に出頭した弁護士のほとんどは、上記の調査室の室員である

そうすると、控訴人弁護士会において、控訴を提起するに当たり、弁護士に委任することを余儀なくされたとはいい難い。当審における弁護士費用について、本件拒絶による損害と認めることはできない。

 本件確認請求について

  本判決は、控訴人弁護士会の主位的請求について、全部認容するものではないが、本件確認請求については、主位的請求である損害賠償請求が全部棄却である場合の予備的請求であることが明らかである。

 したがって、控訴人弁護士会の主位的請求を一部認容する本判決において、本件確認請求について判断する必要はないものである。

 

元記事

名古屋高裁 平成27年2月26日判決(判例時報2256号11頁)

 

 

 

<<古い記事        新しい記事>>    

  • はてなブックマークに追加

 

2019年01月14日