まとめると
弁護士が強制執行申立のため、相手方の住所を調査していた。
相手方が住民票を置いたまま転居していたので、弁護士会を通じて日本郵便(株)に転送届の提出日・転送先・電話番号の報告をもとめた(23条照会)。
日本郵便(株)が拒否したので、依頼者と弁護士会が日本郵便に慰謝料を請求し、訴訟になった。
第1審は、拒否に正当な理由はないが、拒否したことに過失はなく、慰謝料の請求はできないと判示。
弁護士法23条の2
(報告の請求)
1 弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。
2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
第1審判決
日本郵便(株)に報告義務はあるか?
義務はあるが、正当な理由があれば拒める。
通信の秘密・信書の秘密を理由に拒めるか?
憲法
21条2項後段【通信の秘密】
通信の秘密は、これを侵してはならない。
郵便法
8条1項【秘密の確保】
会社の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。
転送先情報は、通信の秘密・信書の秘密で保護されるか
転居届は、通信でも信書でもない(保護されない。)
郵便物に関して知り得た他人の秘密を理由に拒めるか?
郵便法
8条2項【秘密の確保】
郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。
転送先情報は、郵便物に関して知り得た他人の秘密として保護されるか
転居届の情報は、「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たる(保護される。)。
「郵便物に関して知り得た他人の秘密」は、報告を拒む正当な理由となるか?
23条照会の役割の重要性に鑑みれば、これに対する報告を拒む「正当な理由」は、相手方が法律上の守秘義務を負っていることだけで一律に又は原則として認められると解することは相当でなく、照会事項のそれぞれについて、当該事項に係る情報の秘匿性の程度や、国民の権利救済の実現のために報告を受ける必要性の程度等を踏まえた利益衡量によって、拒絶することに正当性が存するかどうかが判断されるべきである。
利益衡量
① 情報の秘匿性の程度
住居所や電話番号は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には開示されることが予定されている情報であり、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。
② 報告の必要性の程度
照会の主要な目的は、…強制執行(動産執行)をするため、相手方の住居所を知ることにあるが、この目的は、国民の権利救済の実現に資するという23条照会の制度の役割に沿うものである。
転居届の届出年月日及び転居届記載の新住居所は、強制執行(動産執行)をするための必要性が高いといえる。
電話番号は、相手方の住居所を知るという目的のために直接的なものとはいえないが、明らかにされた電話番号に係る電話の契約者に対する請求書又は領収書の送付先についてさらに通信事業会社に照会するなどして、住居所についての情報を取得する可能性が存することは認められるから、強制執行(動産執行)をするため、必要性があることは否定できないといえる。
④ 少なくとも他に相手方の現在の住居所を知るための適切な手段が存しない場合には、これを報告すべき義務が守秘義務に優越すると解する余地がある。
したがって、本件照会事項の全部について報告を拒絶した日本郵政の対応には、正当な理由を欠くところがあったといわざるを得ない。
報告を拒絶したことが不法行為となるか?
民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
報告拒絶についての被告の過失の有無
① 守秘義務と報告義務のうちいずれが優越すると解すべきかについては…利益衡量に基づく微妙な判断とならざるを得ないから、その判断が事後的に誤りとされたからといって、直ちに過失があるとすることは酷であり、相当でないというべきである。
② 漫然と23条照会に応じた相手方の損害賠償責任を肯定した昭和56年判例が現に存在するのであるから…23条照会を受けた相手方としては、これに応ずるかについて慎重な対応を採ろうとすることも無理からぬものがある。
③ 本件と同様の最高裁判例がないこと。
④ 本件と同様の東京高裁判決が存し、その判決理由中に拒否には正当な理由がない旨の説示はあるが、原審は異なる判断をしていることや、上告審の判断を経ていないことから、日本郵政が東京高裁判決の説示に従わないときには直ちに過失が認められるとまではいえない。
⑤ 総務省による解説の記載も、被告において本件照会に応じないことが違法であると認識してしかるべきものであるとまではいえない。
⑥ 本件の照会も
住居所に加えて電話番号まで照会することの必要性についての理由は不明であるり、
相手方の住居所を知るための他の手段の有無等を判断するために必要な事情は明らかにされておらず、
その後に送付された通知書も、個別具体的な事情を明らかにするものではなかった
⑦ 以上の事情を総合勘案すれば、…日本郵政が本件照会に対して報告できない旨の回答をしたことに相応の事情が存したことは否定できず、日本郵政に過失があるとまではいえない。
元記事
名古屋地裁 平成25年10月25日判決 (判例時報2256号23頁)