まとめると
官報に掲載された破産者をGoogle Map上に可視化したサイトが開設された。
同様のサイトは、(遅くとも2018年の年末までに)中国の河北省石家荘市にある裁判所「河北省高級人民法院」が開設している。
中国の江蘇省にある裁判所「灌雲県人民法院」では2017年に借金滞納者の携帯電話の呼出音に借金滞納者であるメッセージが流す仕掛けを施したことがあった。
名誉棄損・プライバシー侵害
このようなサイトが開設され、不特定多数の者が検索をすると、破産者の名誉が棄損され、プライバシーが侵害されることになります。
名誉権・プライバシー権
幸福追求権
憲法
第一三条[個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重]
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
幸福追求権の内容
幸福追求権は、人間としての生存に不可欠な権利を包括的に保障したものであるという見解が支配的です。
幸福追求権から導き出される権利
個人の人格価値そのものにまつわる権利を包摂しているといわれています。
名誉権
名誉(人の品性・徳行・名声・信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価)を違法に侵害された場合、損害賠償(民法710)、名誉回復のための処分(民723)のほか、侵害行為の排除・差止を求めることができる権利・(最判S61.6.11(民集40-4-872)
プライバシー権
自己に関する情報をコントロールする権利としてとらえる見解が有力(佐藤幸司)。
サイト設置は違法か?
破産者マップは、法律の規定で公開されている情報をデータベース化してネットにアップしたもの。
法律の規定で公開されているものをネットにアップすることが違法かどうかが検討されることになります。
抽象的に言うと、名誉権・プライバシー権と、表現の自由の調整の問題ということになります。
公告されていることの影響
破産開始決定を受けた場合、官報で公告されることになっています。
破産法
第三二条(破産手続開始の公告等)
裁判所は、破産手続開始の決定をしたときは、直ちに、次に掲げる事項を公告しなければならない。
一 破産手続開始の決定の主文
第一〇条(公告等)
この法律の規定による公告は、官報に掲載してする。
官報で公告されていることの影響
破産者の氏名・住所などは、官報で公告され、ネットでも閲覧できます。
しかし、官報で特定の個人や特定の地域の人の破産情報の検索は容易ではありません。
ネットでの閲覧についても、破産者の情報は、官報発行後30日しか閲覧できませんし、データもPDFファイルです(文字データの抽出・検索ができるかどうかまでは確かめていません。)。
このような情報を、ネット上に名前や住所だけでなく地図上からも検索できるようにすることは、公開の度合いを格段に広げるものなので、違法性の度合いにはさほど影響はしないと思われます。
表現の自由との調整
目的と手段の面から検討しようと思います。
破産手続開始の公告の目的
破産手続き開始の決定は、債権者・債務者その他多数の利害関係人に多大な影響を与えるため、これらの者に周知させる必要があるから(大寄麻代「大コンメンタール破産法」p124)。
類似の事案の場合の目的からの推測
河北省高級人民法院の例
河北省石家荘市にある裁判所「河北省高級人民法院」にて開発された、メッセージアプリ「WeChat」の付加機能「ラオライ・マップ(老頼地図)」
検索者のいる場所から半径500メートル以内に位置する借金を滞納している個人、会社組織の代表者などが地図上に表示される。
借金の返済が滞っている人を見つけた場合、アプリを通して当局に報告ができるようになっている。
この地図上に登録されたことで、2018年末までに借金を返済せずにいた1,746万人以上が飛行機の利用を禁じられ、547万人が高速鉄道の乗車券の購入を禁じられたそうだ。
そして、351万人の滞納者が当局の圧力のもと借金を返済したという。
同裁判所の職員は、「ラオライ・マップは半ば強制的にラオライ(債務者)に借金の返済をさせるだけでなく、近隣住民の信用状態について知ることができます」と話しているとのこと。
江蘇省の灌雲県人民法院の例
2017年に地元の電気通信会社と提携して、携帯電話の呼び出し音に「あなたが電話をした相手は、借金滞納者のため灌雲県人民法院によってブラックリストに載せられました。借金の支払いを済ませるようにあなたからも説得してください。当裁判所はあなたのご協力に感謝します。有難うございました」とメッセージが流れるようにしたとのこと。
破産申立てを断念させる目的?
類似の例の目的は、いずれも債務支払いへの圧力が目的です。
破産者マップは、すでに破産している人を対象としているので、これとは違う目的と思われます。
しいて言えば、まだ破産していない人を威嚇して、破産申立てをすることを断念させる目的があるのかもしれません。
破産者マップの機能からの推測
信用調査の手段提供目的?
破産者マップは、まず、名前から破産者を検索できるようになっています。
この機能だけであれば、不特定多数の者に、これから取引の相手方になる人の信用を調査できるようにする目的といいえるかもしれません。
プライバシー侵害の手段提供目的?
破産者マップは、破産者の情報を地図から抽出できるようになっています。
この機能は、不特定多数の者が興味本位で自宅や職場周辺に破産者がいないかどうか見ること=プライバシー侵害を可能にすることを目的としているとしか思われません。
破産者の個人情報取得の目的?
破産者マップが不特定多数の第三者が容易に破産者の名誉・プライバシーを侵害できるように設計・構築されていることから、自己の情報が掲載された人は、知人などに判明することを防ぐため、サイト開設者に削除を申し入れているとのことです。
これに対して、サイト開設者は、削除を求める場合に詳細な個人情報(電話番号を含む)の提示を求めています。
このようなサイト開設者の態度から、名誉・プライバシーの侵害で圧力をかけて、破産者の個人情報を集めるのが目的では?と推測されているそうです。
手段
これから破産申立てする者に威嚇するためという目的には若干の合理性があるかもしれませんが、破産法の目的には反しますし、その目的のため他人の名誉を棄損したりプライバシー侵害が正当化されるものではありません。
第三者に信用調査の手段を与えるという目的にも合理性はあるように思われますが、10年も前に遡ってデータを検索できるようにするのは行き過ぎですし、地図からデータを抽出できるようにする必要性はないと思われます。
それ以外の目的については、目的自体に合理性があるとは思われません。
個人情報保護法違反
この点については、「破産者マップ」運営者に行政指導…サイト閉鎖 を参照してください。
元記事
『Google』で誰でも閲覧可能の“破産者マップ”に賛否両論 週刊実話 2019年03月16日 06時00分
借金の滞納者が検索できる地図アプリ、中国の裁判所が開発 teckinsight 海外発!Breaking News 2019.01.29 17:30 writer : tinsight-masum